複雑化する購買行動に対応するために 行動の文脈を考え抜くマーケティング

2024.07.04

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生活者が商品を認知し購入に至るまでの行動は、しばしばマーケティングファネルによってフェーズを分けて捉えられてきました。しかし近年、生活者の行動は認知から比較検討、購入へと一方向に進んでいくのではなく、各ステージを行き来するという複雑な行動を取ることが指摘されています。生活者の複雑な行動に寄り添ったマーケティングをおこなうにはどうすればよいのか。キーとなるのは、生活者の行動の文脈にアプローチすることだと、コンサルタントの福元達也はいいます。

マーケティングファネルでは生活者の行動を説明しきれない

- これまでマーケティングファネルは、商品ターゲットとなる生活者の行動を理解するための有用な手段として活用されてきました。

福元:

マーケティングファネルとは生活者の購買行動を段階に分けて分類する考え方のことをいいます。認知から興味関心、比較検討、購入というプロセスを逆三角形で表し、マーケティングにおけるコミュニケーション設計に役立ててきました。類似する行動モデルとしてAIDMAAISASなども有名です。

現在もファネルによって行動変容に段階を想定することは、一定の価値があります。その一方で生活者の行動は複雑化し、認知から購入まで一方向に進むファネルや行動モデルでは生活者の行動を説明しきれないこともわかってきました。

例えばGoogle社は、「バタフライ・サーキット」という概念を提唱しています。これは生活者の購買行動を線形モデルで捉えるのではなく、「さぐる」検索と「かためる」検索の循環からなる非線形モデルで捉えたものです。生活者は何かを決定するとき、さまざまな選択肢を探ったり、選択肢を比較して候補を絞ったりします。この「さぐる」検索と「かためる」検索を何度も交互に繰り返し、最終的に何かのきっかけで購入に至るという行動モデルです。マーケターは、生活者の比較検討が熟し、「かためる」検索が深まってくると、そのまま購入ステップに移ると考えがちですが、実際には生活者は突然、別の商品を「さぐ」りはじめることも多いです。またスマートフォンを触っている最中に突発的に購入意向が高まり、その瞬間に購買完了まで済ませてしまう「パルス消費」という行動も指摘されています。

参照:パルス消費につながる情報探索とは? バタフライ・サーキットと 8 つの動機|マーケティング戦略|Think with Google

参照:データから見えた「パルス型」消費行動——瞬間的な購買行動が増えている:買いたくなるを引き出すために:パルス消費を捉えるヒント(2)|マーケティング戦略|Think with Google

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ブランド想起の確率を上げるマーケティング

- 生活者の購買行動の複雑化に伴い、どのようにマーケティング活動をおこなえばよいか、頭を悩ませている企業も多いのではないでしょうか。

福元:

生活者とのコミュニケーションが複雑化しているいまだからこそ、広告の役割をしっかりと考え、捉えなおす必要があると考えています。

広告の大きな役割のひとつは、ブランドを理解し、生活者の態度変容を促すきっかけを作ること。生活者に新しい情報を提供することで、ブランドに対する評価を変えたり、購入意欲を高めたりし、購入につなげるアプローチです。

この態度変容を促す役割ばかりに意識が向きがちではあるものの、もうひとつ、広告には大切な役割があります。それはブランドに関連するイメージや連想を記憶と結びつかせることで、購買時にそのブランドを思い出しやすくする役割です。この考え方のことをブランドセイリエンスと呼びます。特に低価格商材では、特定のブランドを選ぶときに習慣や直感に頼ることが多いです。このような場合、生活者はブランドの特長を細かく理解したうえで購入するわけではなく、そのときに偶然思い出したブランドを買う傾向があります。そのため、自社ブランドがどれだけ生活者の記憶に結びついているかが重要となってきます。

洗剤を例にして考えてみましょう。生活者は広告などを通して洗剤ブランドを認知します。しかし洗剤は手持ちの洗剤が少なくならない限り、なかなか新しいものを購入しようとは思わないはずです。広告を見たからといってすぐに購入には至らないことも多いでしょう。ですが、認知したブランドはその人の長期記憶に保存されます。その後、手持ちの洗剤がなくなって店舗に行きます。その際、過去に見たブランドがその人の記憶と深く結びついていれば、店舗でそのブランドを想起し、その商品を選択しやすくなるでしょう。態度変容させる広告がしばしば人の需要を生むのに対し、ブランドセイリエンスを意識した広告はこのように人の生活の中で生まれた需要に寄り添います。積極的に生活者に態度変容を求めるというよりも、生活者の行動の中で需要が生まれたときに自社ブランドを想起してもらうアプローチなのです。

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非線形型の生活者の行動においては、態度変容を求める広告のみならず、ブランドセイリエンスも考慮に入れながら、生活者とのコミュニケーションを図っていく必要があります。というのも、生活者が多様な情報に接触し、選定を繰り返す中でカギとなるのは、どれだけ特定のブランドが生活者の記憶に残っていて、いかに需要が高まった瞬間にそのブランドの記憶を取り出せるかにかかっているからです。

また生活者の中には、広告によって新しい欲望を作り出すことに抵抗を感じる人もいます。非線形型の購買行動においては生活者自身が自発的に情報を収集し、選択肢を検討していく過程が重要な場合もあるからです。ブランドセイリエンスを大切にした広告は、もともと生活者の心の中にあった需要に自然に気づかせ、自発的にブランドを想起させる働きをするので、生活者は広告を受け入れやすくなります。

購買行動の複雑化に伴って広告コミュニケーションを設計するのは悩ましいですが、「生活者の需要が高まったときに、いかに自社ブランドを想起する確率を上げられるか」という視点に立ってマーケティングをおこなうと、より効果的な設計ができるはずです。

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- 想起の確率を上げるコミュニケーション設計には例えばどのようなものがありますか。

福元:

私は主にデジタル広告の運用を担当していますが、特に媒体の目標設計をする際に、想起の確率を含め、さまざまなことを意識して慎重に決めています。

デジタル広告ではコンバージョンしやすいユーザーに配信を最適化させたり、自動入札で目標を達成しやすくしたりする機能があります。こうした機能には機械学習が用いられていますので、学習のために一定数のコンバージョンが必要となります。しかし、高価格商材などコンバージョン数が少ないケースや購買までのリードタイムが長いケースでは、最終コンバージョン地点に到達するまでの過程で中間コンバージョンを設定し、その中間コンバージョン地点で最適化を進めることが多いです。

この中間コンバージョンの設計は単に学習のためのコンバージョン数を増やすためだけのもの、すなわち単なる媒体攻略のためのものと捉えられがちです。しかしここにはもうひとつ、「生活者にブランド想起してもらう確率をいかに上げるか」という視点が大事であると考えています。

デジタル広告の大きな強みは、仮に生活者を購入にまで導けなかったとしても、ランディングページに誘導して情報取得させたり、見積もりをしてもらったりすることが可能だという点です。こうした能動的なアクションは生活者の記憶と深く結びつき、想起の確率を上げることにつながります。中間コンバージョン設計にあたっては見積もり完了やPV数、スクロール率などさまざまな地点が候補となりえますが、どこまで生活者にアクションしてもらえたら想起の確率を上げられるのかという観点に立ち、データ分析をおこなったうえで選定することが求められます。

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複雑な購買行動においては生活者の行動の文脈にアプローチすることが重要

- 想起の確率を上げるコミュニケーション設計を考えるうえでマーケターに求められることは何なのでしょうか。

福元:

それは生活者の行動の文脈を考えることです。例えば、スターバックスコーヒーは広く「ホスピタリティの高いカフェ」というイメージを持たれています。しかし忙しい朝の通勤中にスターバックスを利用する人にとっては「忙しい朝に素早く美味しいコーヒーを手に入れられる場所」として認識するかもしれません。一方で、友人とゆっくりお茶をする人にとっては「静かで快適な時間を過ごせる場所」と感じることでしょう。ひとつのブランドであっても、生活者の行動の文脈においてそのブランドの持つ価値は変わってきます。

生活者は特定の行動の文脈において需要が発生すると、その文脈に関する記憶を検索し、特定のブランドを想起します。当然、行動の文脈に合致するブランドであればあるほど、想起の確率は上がります。つまり一貫したブランドイメージを保ちつつも、さまざまな行動の文脈に寄り添った訴求を細かく考えることがマーケターに求められるのです。

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- そうすると、広告クリエイティブは想起の確率を上げるうえで非常に重要な要素になりえますね。

福元:

その通りです。想起の確率を上げるクリエイティブを作るには、ブランドにかかわる文脈としてどのようなものがあるかを分析することが欠かせません。当社では広告配信データや顧客データ、サイト内データなどから集客するユーザーセグメントの特徴や各セグメントの割合を分析し、生活者が「どのような文脈において何に反応して、どのような行動を起こしたのか」を考えたうえでクリエイティブを制作してきました。

- データは生活者の行動の文脈を考える源泉といってもよさそうです。

福元:

特にデータ活用が進むいま、どのようなデータを媒体の機械学習に渡すかが重要になっています。それは、マーケターが最重要と捉えた生活者の行動の文脈を媒体に教えることと同義だからです。中間コンバージョンの設計にせよ、クリエイティブの制作にせよ、そのことを意識しておこなっています。

デジタル広告の特徴として「ユーザーの行動データを活用し、適切なタイミングで広告を配信することで効果を高めることができる広告手法である」ということがよく言われます。初歩的な特徴といってもよいですが、長年デジタル広告の運用に携わってきた私としては、この初歩的な特徴こそが複雑化する生活者の行動に対して、非常に有効であることを身にしみて感じています。デジタル広告のみならず、マルチチャネルでコミュニケーション設計をおこなうことを前提としたうえで、デジタル広告だけでもさまざまな行動の文脈に対してアプローチできるというのは素晴らしいことです。

- 変化の激しい時代の中で生活者の行動パターンはさらに変わっていくことも予想されますが、そのことについてはどのように考えていますか。

福元:

もちろん時代とともに生活者のメディア接触態度や購買行動はさらに変化していくことでしょう。それに合わせてマーケティング手法も変化させていかなければなりません。特に認知から購買に至る複雑な顧客体験の最適化は、永遠のテーマともいえるかもしれません。

生活者の行動の文脈を考えるうえではデータを活用するとともに、「どうしたら生活者の選択肢に残りつつ、購買を喚起できるか」という顧客視点で物事を考えることが重要です。データは単なる数値ではありません。データは生活者の行動の軌跡そのものです。デジタルマーケティングであっても、生活者を生身の人間として捉え、その生活や行動、思考に共感する中から、マーケティング課題や解決方法をこれからも見出していきたいと思います。

 

株式会社Hakuhodo DY ONE
福元 達也

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小売・教育業界で広告、SNS、オウンドサイト運営など幅広い業務に従事したのち2018年に株式会社アイレップ(現・株式会社Hakuhodo DY ONE)に入社。入社以来一貫して運用型広告の領域を担当し、業種問わず幅広い企業の成果創出に貢献。メディア部門も経験しており主要プラットフォーマーとの協業実績も多数。

マーケティング業界における好きな言葉:「マーケティングは、消費者の気持ちに響き、感動させ、行動を起こさせる芸術である。」 - ジョン・ヤン

この記事の著者

DIGIFUL編集部

「DIGIFUL(デジフル)」は、株式会社Hakuhodo DY ONEが運営する「デジタル時代におけるマーケティング」をテーマにした、企業で活躍するマーケティング担当者のためのメディアです。

当社がこれまでに得たデータや経験から、具体的事例・将来展望・業界の最新注目ニュースなどについて情報を発信しています。ニュースやコラムだけでなく、日常業務や将来のマーケティング施策を考えるときに役立つダウンロード資料や、動画で学べるウェビナーコンテンツも随時追加していきます。

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