人口が増えない日本という国において、新規顧客を増やし続けるのは難しいと言われており、そのために一人のお客様に長く、サービスを愛していただける仕組みを作る、ファンマーケティングの重要性が問われています。しかし、ファンは売上に結びついているのでしょうか?実際にファンを増やすために各社はどんなことに取り組んでいるのでしょうか。
本稿では10月29日、30日に開催されたアドテック東京2020のセッション「ファンの獲得は本当に売上につながっているのか?」の模様をお届けします。
本記事は博報堂DYグループの「“生活者データ・ドリブン”マーケティング通信」より転載しました。
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株式会社アイレップ グループリーダー
川田麻由佳
株式会社Spartyコラボ・新規事業責任者
横塚まよ氏
株式会社ヤッホーブルーイングよなよなエールFUN×FAN団(ファンイベント部門)ユニットディレクター
岩城佳那氏
モデレーター
株式会社ディー・エヌ・エー エグゼクティブマーケティングプロデューサー
今西陽介氏
売上は一人一人のお客様の積み重ね
今西:
少子高齢化にあり、新規顧客を増やし続けることがますます難しくなってきている中、ファンマーケティングの重要性が指摘されています。このセッションでは、実際の取り組み事例や、その秘訣などについて議論できればと思います。まずは、皆さんが考える“ファン”の定義についてそれぞれお話いただけますか?
川田:
アイレップの川田です。わたしは普段データを活用しながら、パートナーとしてクライアント企業のSNS等を運用する立場にいます。ファンには3つの種類――まずは今後エンゲージメントを高めていくライトなファンであるフォロワーさんたち、次に商品やサービスを好きで買ってくれるようなロイヤリティが高いファン、最後に、誰かに情報をシェアして推奨してくれるような熱狂的なファンがいると考えています。
今西:
つまりファンをライト、ミドル、ヘビーの階層にわけるということですね。
川田:
はい。ライトで入ってくれた人たちに対し、どういうコンテンツを出せば購入につながるか、競合ではなくクライアントさんの商品を選んでもらえるかを考えながら、データを活用し適切なタイミングでコンテンツを出し分けしています。
横塚:
Spartyの横塚です。私たちはMEDULLAというパーソナライズヘアケアを提供しているD2Cの会社です。2018年5月にサービスをローンチしたのですが、実は11月に回収事件が起きて売上がゼロになり、そこから再スタートしました。現在会員は21万人いますが、LTV(顧客生涯価値)を見ることに専念していて、まだファンの定義まではできていない状態です。私たちのサービスは、スマホで9つの質問に答えるだけで3万通りからその人にピッタリの処方でシャンプーをお届けするというものです。お客様に「もう少しこうしたい」といったフィードバックをしていただくと、ほぼ100%継続に結び付けています。ですからお客様にいかにそうしたアクションをしてもらうタイミングを提供できるかを非常に重視しています。回収事件を経て、お客様に真摯に向き合う重要性もわかり、一人一人に手書きのメッセージを書くなどするうち、ファンになってくれた人も大勢います。
今西:
おそらく脳科学的にも、接触頻度が増えると単純に好感度は上がりますから、アクション数を増やすことは大事ですし、デジタル全盛だからこそ手書きの心象は非常にいい。何よりそうやった方が自分たちの仕事も楽しくなりますよね。お客様の立場で気持ちが良くなることをやっているうち、結果的にLTVが上がるというのがあるべき姿だと思います。
岩城:
ヤッホーブルーイングの岩城です。入社以来一貫して、SNSやイベントを通したファンコミュニケーションに携わってきました。熱狂度、言い換えればラブ度を上げることはLTVとも非常に相関していて、確実に売上にもつながっています。それだけではなく、ファンと接することで、社員は自分たちが社会に提供している価値を目の当たりにすることができ、モチベーションがものすごく上がるんです。実際のファンを想定することでサービス開発の解像度もまったく変わって来ます。ですから経営や社内のモチベーション、プロダクト・サービス開発の面でも熱狂度は重視していますね。
今西:
ファンに接することで社員がより仕事を楽しめたり、やる気が出るだけでなく、お客様の存在から会社の意義やビジョンを教えてもらうことも相当多い気がします。それをヤッホーさんは地でやられている感じですね。お三方のお話からは、もちろん数字も大事ですが、一人のお客さんが何に対して喜んでいるのかを把握しそれをきちんと提供すること、また数値が上がってるかどうかでファンと切り分けつつも、結局は一人一人のお客様をよく見てアクションすることの重要性がわかりました。
では次に、実際にファンはどれだけ売上に結びつくものなのか、どう検証するのかについてうかがっていければと思います。
岩城:
弊社のファンマーケティングは、最初は目の前の売上度外視で始まったんですが、次第に規模が大きくなって、ようやく最近本格的に効果検証するようになりました。SNSフォロワーやECサイト登録者にアンケートをとったところ、熱狂度がもっとも高い人は月に20缶、ほぼ毎日弊社のビールを飲んでくださっています。ヤッホーのミッションや想い、製品へのこだわりといったことを伝えるウェブ記事がフックになっていたり、リアルイベントでのスタッフの熱意に触れたことなどがきっかけになっていることが分析でわかりました。
川田:
私は広告会社という立場なので、クライアント企業から数字を求められることも多いんですね。まず売上をKGI、ゴールとして置いた場合、ファンの行動をサブKPIに落とし込み、KPIツリーのようなものを設計しています。顧客数と購買単価や購買頻度、購買体験やSNS施策…といった指標のツリーをつくっておいて、目標となる数字は定量的なものを置き、PDCAを回して、最終的にそれが売上につながったかどうかを見ていく。そういうやり方をご提案することが多いです。
横塚:
私たちは毎週20~30個くらいの施策を繰り返していますが、そもそも「ファンは売上につながるか?」ではなく「売上につながるファンを増やしたい」と考えています。サブスクリプションの継続の回数が長いとか、クロスセルしてくれるとか、友人にプレゼントとして購入してくれる方などに対し、その方々がどういう行動をしてきたかを定性定量の両方で深掘りします。そこから逆算し、「LTVが高いお客様はここからの流入が多いから、ここにもう少し予算を当てよう」といった対応をしています。
今西:
売上熱狂度みたいなのを出すパターン、数値を分解するパターンもあれば、お客さんの行動原理を分析していくパターンもあり、さまざまですね。いずれにしても数字だけ見て満足してしまうのは一番アウト。売上というのは、一人一人のお客様の積み上げでしかないので、やはりお客様一人一人をきちんと見ることが求められるということだと思います。
コロナを逆手にとり、今後は広さと深さの両方を取っていく
今西:
ファンマーケティングにおいて、コロナ前後で変わったことなどはありますか?
横塚:
私たちは2018年、2019年とさまざまなオフラインイベントを通じてファンの本音を引き出すということをやってきたのですが、今年は有楽町と渋谷に実店舗を出したばかりのタイミングでコロナが来てしまった。店舗というのは、ファンの方が一番訪れてくれて、そこでのコミュニケーションを通して友達になれるくらいの場所です。そこで私たちは店舗のオンラインショップを開設。そもそもオンラインから始まったサービスなのでややこしいんですが、お客様の中でもさらにコアなファンが訪れる場所をオンラインでつくりたくて、急遽STORES(ストアーズ)を使ってブランドサイトとは別にお店を出しました。店舗のスタッフがライブ配信し商品紹介をしていったところ、どんどんコミュニケーションも増えていって、売上が急増。店舗全体の利益は倍増しました。
また、私たちの商品は美容室にも卸していて、美容師の方がお客様にカウンセリングして売っていただき、継続してくれるたびに美容師の方々にマージンをお支払いするサービスを提供しています。コロナで美容室を開けられなくなってしまったことを受け、美容師の方には先にマージンを3回分ほどお支払いすることにしました。すると美容師からの応募が急増し、導入先が200店舗から500店舗へと増えたんです。いずれもコロナがきっかけになった取り組みですが、思った以上に良い成果が出せました。
川田:
弊社の場合、コロナによってクライアント企業のデジタルシフトが加速したことを受け、SNSを活用したコマースにおけるサービス、「ソーシャルコマースワンストップサービス」――ECサイトの構築からファンづくりを目的としたSNS運用サービス――の提供を通じ、さまざまな企業と協業しています。たとえばインスタライブのなかで企画を実施しながら、ユーザーとインタラクティブにコミュニケーションをとることで、パルス消費、つまり瞬時に商品が欲しくなるような商品認知の手法を活用したりできますし、あるいはインスタライブ上で頭出しをして、その後商品が完成するまでの過程を追うことでどんどん消費への気持ちを高ぶらせていくといったやり方もできます。そうした施策によって、お客様の行動変容を導いていくといったことが可能かと思います。
岩城:
弊社のファンイベントは、醸造所見学しかりビアフェスしかり、オフラインの活動が主でしたので、コロナによってほぼすべての企画が実施できなくなりました。ただ一方で全社的に見ると、コンビニやスーパーなど流通での消費やECサイトでの消費は増えましたし、ブリュワーの想いや、ご飯との美味しい組み合わせなどを紹介する記事のアクセス数は増加しました。また、オフラインで企画していたイベントをオンラインで実施したところ、オフで2000人くらいの集客を見込んでいたのが、オンラインだと1万人くらいが見てくださった。オフだとどうしても首都圏からの参加者がメインになりますが、オンラインでは全国津々浦々、海外からのお客様もいて、結果的に新しいチャンスも見つかりました。
今西:
これまでのオフラインイベントは、深さ広さでいうと、おそらく深さをとるイベントだったんでしょうね。それがオンラインで実施することで、広さをとるイベントになった。コロナはしばらくなくなるわけではないので、今後は基本的にはどちらも実施していくべきでしょう。そして広さでファンになっていただいた人に対して、何をどう提供してより熱狂的なファンになってもらえるのかを、マーケターは考えるべきなのかなと思いました。
では最後に一言ずつ、改めて今日のテーマについてお考えのことをお話ください。
川田:
ファンを増やすためにやみくもに何かをやるのも大事ですが、ファンはこんなことを求めているのではないか、こうすればユーザーが増えるのではないかといった仮説をきちんと立てて、PDCAを回していくことが必要だと思います。また、先程お話したKPIの指標などは、結構すぐ目前の定量的な数字で、売上にどれくらいつながるかが見えづらいという点があります。そうしたときに、少なくとも3カ月、半年は、同じことをやり続けてPDCAを回し続けられるかも重要だと思います。忍耐の気持ちをもって数字を見ていく必要があるということをお伝えしたいですね。
今西:
僕の経験からも、一人のお客様がファンになったのちに、LTVが上がるまでには、最低でも3カ月以上はかかるのではないかなと思います。半年から1年単位で忍耐強く見ていく必要がありますね。
横塚:
今回のテーマを否定するみたいになってしまいますが(笑)、弊社は創業メンバー含めて、ほとんど本格的なマーケティング経験者はいないんですが、それでも多くのファンをいま獲得できているのは、やるべきことをひたすらやってきたからだとも思っています。投資家の方、お客様、一緒につくっている工場、発送会社…多くの人にたくさん助けていただいていて、私たちはそれぞれの現場を訪れ一人一人に真摯に向き合い、そこから次にどうしていくべきかを考え、次々と行動に移しているだけというところがあります。そして、ロイヤルユーザーの方へのインタビューを通して何かヒントを得られれば、それを愚直に施策に落とし込んでいく。それこそPDCAを回しているだけとも言えますが、それが結果的に、
新しいファンの獲得と売上につながっているのだと思います。
岩城:
私たちがお話させていただいたことって、そんなに特別なことじゃなく、誰でもやればできることだと思います。まず最初の一歩として、自社の製品やサービスを愛してくれているお客様を見つけ、その方の話を聞く。そんなところからでもまずは始めてみれば、日々自分がやっている仕事の新しい価値が改めて見えてくるかもしれません。
今西:
ありがとうございます。まさにこれは、できるできないではなく、やるかやらないかの話です。それも明日からではなく、今からやれることだと思います。ファンの獲得は売上につながっているということはおそらく確かで、やり方やアプローチはそれぞれ。ただ、ヘビー、ライト、ミドルといった形で可視化することがまずは重要で、一人一人のお客様と向き合い、その人たちの行動がどう変わっていく可能性があるかを、関係者が共通認識として持つことが大事かなと思いました。
以上となります。本日はお三方、どうもありがとうございました。
<プロフィール>
グループリーダー
Communication CRM Social Media / SNS
直近では、Instagramを活用したソーシャルコマースで新しい顧客体験価値を創出する新しい購買モデルを構築中。
株式会社Sparty
コラボ・新規事業責任者
Brand Marketing PR
1992年神奈川県生まれ。大妻女子大学卒業。2014年、新卒でウィルゲートに入社し、Webデザイン、広報を担当。在職中にライブ配信関連事業の副業を始め、2016年COMPLExxxを設立。翌2017年IT企業を退社。COMPLExxxクローズ後、Piscesを立ち上げ、2018年よりSpartyにCMOとして参画。現在Pisces代表とSpartyでコラボ・新規事業責任者を務めている。
FUN×FAN団(ファンイベント部門)ユニットディレクター
Communication Content CRM
エグゼクティブマーケティングプロデューサー
Communication Media Mobile / Apps
この記事の著者
DIGIFUL編集部
「DIGIFUL(デジフル)」は、株式会社Hakuhodo DY ONEが運営する「デジタル時代におけるマーケティング」をテーマにした、企業で活躍するマーケティング担当者のためのメディアです。
当社がこれまでに得たデータや経験から、具体的事例・将来展望・業界の最新注目ニュースなどについて情報を発信しています。ニュースやコラムだけでなく、日常業務や将来のマーケティング施策を考えるときに役立つダウンロード資料や、動画で学べるウェビナーコンテンツも随時追加していきます。
デジタルマーケティングの最新情報や知見を得るための信頼できる情報源の1つとしてお役立てください。
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