Web技術におけるCookieは、Webサイト内でユーザーを識別し、ユーザーに一貫した体験を提供するうえで重要な技術です。また、ユーザーの興味関心に沿った広告をWeb上で表示したり、広告を含めた施策の成果を計測したりするうえでも重要です。しかし、広告施策でのCookieの利用に対して、プライバシー保護の観点から、各社が対応を迫られるようになってきています。本記事では、 デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム株式会社(以下、DAC)に所属し、プライバシー領域を専門に扱っている原田俊氏にプライバシー保護の動向と各社の取り組み、企業としての向き合い方についてお話を伺いました。
プライバシー保護の世界的潮流
島田:
本日はよろしくお願いします。早速ですが、プライバシー保護の取り組みについて、世の中全体でどのような動きがあるのでしょうか。
原田:
よろしくお願いします。まず、企業のプライバシー保護に注目が集まったきっかけのひとつとして、Facebookプラットフォームで取得したデータが選挙活動時に利用されたとするCambridge Analytica事件※1が挙げられます。この事件をきっかけとして、プラットフォーマー企業(AppleやGoogleなど)は、自社サービス(端末やOS、ブラウザ、Webサービス等)でユーザーから預かっている各種データを、従来おこなっていた通りユーザーへ開示するだけでなく、第三者企業に収集・利用されないようにする取り組みに力を入れるようになりました。これまでもプライバシー保護はサービス提供するうえでの大前提でしたが、その信頼性が失われたことで、あらためてサービスやプロダクトの差別化要素になってきていると思われます。
※1:米英拠点の選挙コンサルティング会社Cambridge Analytica社が、2016年の米国大統領選挙において、心理クイズアプリを通じて収集したデータをもとに8,700万人の米国有権者の心理プロファイルを作成し、浮動票とみられた有権者に対してFacebookのターゲティング広告を集中投下し、情報操作したとされる事件。Facebookは自社データ管理責任が問われた。
Web領域のプライバシー保護に向けた取り組み
島田:
膨大な数のユーザーを抱えているプラットフォーマーにとって、ユーザーデータの取り扱いは、サービスを提供し続けるうえでの重要なポイントとなっているわけですね。では、より具体的に、Web領域では各社プライバシー保護のためにどのような取り組みをしているのでしょうか。
原田:
一番有名なのは、Appleが「Safari」ブラウザにてサードパーティCookieなどのトラッキング技術の利用を制限していることでしょう(Intelligent Tracking Prevention、ITP)。それに追随する形で、Googleも「Chrome」ブラウザでのサードパーティCookieの利用停止を発表しています(Privacy Sandbox。当初予定から変更され、停止は2023年後半を予定)。その他、Mozilla「Firefox」ブラウザのETP(Enhanced Tracking Protection)やMicrosoft「Edge」ブラウザのトラッキング対策機能がアップデートで加わっています。
(図1:ブラウザごとに公開されているトラッキング対策機能)
Cookieの制限にともない考慮すべき影響
島田:
プライバシー保護の取り組みとして、多くのブラウザでトラッキング対策機能が追加されているのですね。Cookieによるトラッキングが制限されることで、企業にとってどのような影響が生じるのでしょうか。
原田:
サードパーティCookieに限って言うと、複数サイトを横断したトラッキング(効果計測を含む)やリターゲティングができなくなります。またサードパーティCookieをユーザーIDの基盤にしていたDMP(Data Management Platform)においては、これまで行動履歴を分析し作成していたセグメントに対して紐づけていたユーザーIDの紐づけが解けてしまうことで、実質的にサービス提供が難しくなる恐れがあります。ただし、すべてのターゲティングが不可能になるわけでなく、影響はオーディエンスターゲティングに限られます。
さらには、こうしたサードパーティCookieベースのアドテクノロジーを利用していた事業会社や媒体社にとってもデジタル広告の効率性低下、オーディエンスターゲティング広告商品の収益性低下等が発生するでしょう。
(図2:トラッキング対策により制限されるCookie利用機能)
ツール提供企業の取り組み
島田:
DACでは業界の動向を踏まえてツールやサービスの開発をおこなっていると思いますが、ツール提供側の企業はどのような対策がおこなっているのでしょうか。
原田:
企業の対策としては、
- サードパーティCookieだけに依存しないユーザー識別方法の開発・対応
- オーディエンスターゲティング以外の広告商品の開発
- プラットフォーム企業の提供する”データクリーンルーム”や新しいフレームワーク(「Privacy Sandboxなど」)への対応
- 事業会社のファーストパーティデータ活用支援
などが挙げられます。
とくに1.に関しては、Unified ID 2.0やLiveRamp ATSといった海外でデファクトスタンダード化しつつある広告取引用の共通IDソリューションもありますが、日本での受容はまだまだこれからです。競争領域ではないので業界の継続・発展という長期的視点をもって手を取り合って推進していく必要があります。
島田:
サードパーティCookieだけに頼らないという点では、コンバージョン計測の正確化を目的としたFacebook CV APIが発表されていますね。ファーストパーティデータの活用という観点では、Google Cloud Platform上で自社サブドメインのサーバーを立ち上げ、サーバー側でタグやデータの管理をするサーバーサイドタグという技術も発表されています。プラットフォーム企業から公開される最新の情報や技術をキャッチアップし、長期的な目線で対応することが重要になっていると感じます。宣伝になってしまいますが、アイレップではGoogleのサーバーサイド タグとFacebook CV APIを組み合わせて環境構築から配信までをサポートするサービスの提供を開始しています。
参考:アイレップ、Cookieレス時代に備える広告施策の支援体制を強化 ~Cookieに依存しない新たな計測・配信手法のコンサルティングから実装までサポート~
プライバシー保護の展望と企業がもつべき考え方
島田:
企業はプライバシー保護の動向に対して、どのように考えていくべきでしょうか。中長期的な展望をお聞かせください。
原田:
本質的に不可避の変化であると思った方がいいと思います。プラットフォーム企業は、生活者や社会の空気の変化にいち早く対応しただけで、第三者企業であろうとなかろうと、企業が勝手に生活者のデータを収集してマーケティングや広告に活用することは許されない時代になっています。きちんと生活者(顧客)にデータ収集・活用の目的や手段を説明した(場合によっては同意を取った)うえで、収集・活用することが求められています。
データを活用していくうえで企業が取るべきアクション
島田:
最後になりますが、これまで伺ってきた状況の変化や今後の展望を踏まえて、企業はどのようなアクションを取る必要がでてくるでしょうか。
原田:
「プライバシー保護とデータ活用の高度化の両立」に関して、現状ではまだ業界全体の意識は高くありません。広告会社が率先して事業会社の意識改革をおこなう必要があると思います。というのも、デジタルマーケティングやネット広告に限った話ではないからです。
「デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)」の本質が、生活者の本質的な変化に寄り添い、デジタルテクノロジーの力をもって生活者に新たな価値を提供することだとしたら、生活者のプライバシーに配慮したデータ収集・活用というのは、DXを推進するうえでも非常に重要です。その対応ができない企業は、DXにとって最も重要な要素であるデータを生活者から預けてもらえません。
具体的には、顧客とのコミュニケーションの見直しが必要です。利用規約やプライバシーポリシーの説明を修正するだけでなく、企業がデータを収集・活用する代わりに顧客に何を返すのか、いわゆる「Value-Exchange(価値交換)」の設計です。
その一環として、CMP(Consent Management Platform)などを通じて、顧客から同意をいただく。そして得た同意情報を自社のデータ活用や、連携しているマーケティングテック、アドテクでのデータ収集・活用に反映する必要があります。
生活者は自分のデータの流通に敏感です。利用規約やプライバシーポリシーに書いていたとしても、生活者にとって「予想外のデータ活用がされている」と思われてしまったら“アウト”です。事業会社や広告会社が生活者に寄り添いながら、新たな価値を提供する姿勢がますます大事になってくるのではないでしょうか。
(図3:デジタル・トランスフォーメーションにおける生活者とデータ活用企業の関係性)
島田:
プライバシー保護の大きな流れの中で、データを活用してサービスを提供するために企業側で対応しなければならないことは今後より多くなりそうですね。本日はありがとうございました。
まとめ
プライバシー保護におけるプラットフォーム企業の動きや、データを利用する企業が持つべき考え方とアクションについて伺いました。データを取得するためのツール導入のようなデータ基盤整備から、データを活用したマーケティング活動・サービス提供まで、領域を横断した長期的な取り組みが重要になります。アイレップ、DACはパートナーとして、技術面やマーケティング面で幅広くサポートを行っています。データ活用の取り組みにあたってご相談がある際には、お気軽にご連絡ください。
<プロフィール>
原田 俊
2008年デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム入社。社内システムや広告配信ソリューションのインフラシステム開発・運用業務に携わった後、2012年より広告技術研究室にて国内外のアドテクノロジーおよび先端技術のマーケティングリサーチ、ビジネス企画業務に従事。また日本インタラクティブ広告協会(JIAA)やData Driven Advertising Initiative(DDAI)、情報法制研究所(JILIS)にて生活者のプライバシー保護を推進。
この記事の著者
DIGIFUL編集部
「DIGIFUL(デジフル)」は、株式会社Hakuhodo DY ONEが運営する「デジタル時代におけるマーケティング」をテーマにした、企業で活躍するマーケティング担当者のためのメディアです。
当社がこれまでに得たデータや経験から、具体的事例・将来展望・業界の最新注目ニュースなどについて情報を発信しています。ニュースやコラムだけでなく、日常業務や将来のマーケティング施策を考えるときに役立つダウンロード資料や、動画で学べるウェビナーコンテンツも随時追加していきます。
デジタルマーケティングの最新情報や知見を得るための信頼できる情報源の1つとしてお役立てください。
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